This link has been bookmarked by 3 people . It was first bookmarked on 22 Aug 2008, by Takuya Homma.
もし全知全能の計画当局が永遠の未来を合理的に予想し、世界を正しく導くことができるとすれば、自由は必要ない。この仮定は荒唐無稽にみえるかもしれないが、現代の「合理的期待理論」と呼ばれるマクロ経済学では、明示的にそう仮定するのである。この学派のリーダーであるトマス・サージェントは、あるインタビューで「典型的な合理的期待モデルは、一種の共産主義です。このモデルでは、すべての人々は計量経済学者であり、神と同じモデルを共有しているのです」と語っている。
パレートやワルラスが社会主義者だったことからもわかるように、新古典派経済学は計画経済の理論なのである。ここでは現実を単純な数学モデルに還元するために、市場経済のもっとも重要な「不完全な知識でも動く」という特長が捨象されている。自由に価値があるのは、新古典派経済学のいうように、それによって「効率的な資源配分」が実現するからではない。人々が神ではない以上、合理的な社会的意思決定を行なうことは不可能だからである。
インターネットをつくったデヴィッド・クラークの「われわれは王も大統領も投票も拒否する。信じるのはラフな合意と動くコードだ」という有名な言葉は、インターネットの「ベスト・エフォート」(最善の努力はするが責任はもたない)の思想をよく表わしている。それは不完全な知識しかないユーザーでもそれなりに動くし、問題があれば後から直すという「進化的」な発想でできている。
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