自己愛者の特徴
(a)感情転移
この型の転移は極めて簡単なものである。患者は分析者に対して、愛,憎しみ,嫉妬,不安のような激しい感情を抱き、分析者によって自分の感情がかき乱されているように思う。
(b)防衛の転移(転移抵抗)
患者は、第一の型の転移のように、幼児期のエスの興奮を強迫的に反復するのであるが、ただそれだけでなく、その幼児期の衝動興奮に対する防衛までも強制反復する。つまり、転移として、自我によって歪められた衝動興奮が現れるのである。歪められていない幼児期のエスの興奮は、意識に現れようとすると、成人自我の検閲を二次的に受ける。
この種の転移の極端な場合、衝動そのものは全く表れず、防衛法のみが表される。
ヒステリーでは、その憎しみを抑圧によって解決する。母親に対する憎しみは、意識から退けられる。そして憎しみと結び付いている攻撃衝動、ペニス羨望と結び付いている性的衝動は、身体的な条件が許すなら、身体症状に転換される。その他の場合では、葛藤が再発しないように恐怖症を利用して自分を守る。こうした場合、自我はもっぱら抑圧をこととし、それ以外のことは何もしないように見える。自我は抑圧が緩みそうな状況を全て避ける。
強迫神経症においても、まずペニス羨望と母親に対する憎しみが第一に抑圧される。それに続いて自我は、抑圧されたものが逆戻りしないように、反動形成をおこなう。母親に対して攻撃的であった子どもは優しくなり、羨望や嫉妬は、他人に対する公平と思いやりになる。強迫的儀式によって、愛する人に対して攻撃衝動を爆発させないようにする。また極端に厳格な道徳的規則を作り、性的興奮を表わさないようにする。
現実を否認しようとする(危険,不快,不安から逃れようとして)自我の働きは、他の自我の機能と矛盾する。自我には現実検討の機能が負わされているからである。子どもたちは、知的に空想と現実を区別することができる。しかし情緒生活においては、苦痛を伴う現実を否認し、現実とは異なった空想の世界に閉じ籠もることによって、空想上の快感が現実の不快よりも重要な意味を持つようになる。つまり幼児の自我にとって、矛盾する空想と現実の併存は容認されている。
成長すると、現実の不安に対する防衛としての空想は、その意味を失っていく。いつ頃からかは定かでないが。自我の検討能力が高まり、また自我の統合の要求が強まって体制内の矛盾が許されなくなるためか。とにかく成人において、不満を空想的に満たすことは、子どものように無害であるとは言えない。もし自我が幻覚的に不満の解消をおこない、現実検討の機能を放棄するなら、病的となるだろう。
.言葉や行為における現実否認
現実否認は、空想だけでなく、言葉や行為によってもおこなわれる。一般に子どもの遊び、特に“ごっこ遊び”の背後には現実否認の動機がある。
前章で述べられたように、子どもは空想と現実が併存できる自我構造を持っている。しかし現実否認が度を超してくると、その言葉や行為が強迫じみてくることがある。いつも分かり切った嘘を言う子ども,いつも大人の真似をしている子ども,いつも冗談を言っていないと落ち着かない子どもがいる。一見強迫神経症と似ている。しかし、神経症的強迫は、自我のエスに対する防衛であるが、子どもの強迫的現実否認は、その環境の不快から逃れようとするものであって、それ自身病的な性質を持つものではない。
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