■見捨てられ感の誘発
境界例の人は、見捨てられていないのに見捨てられたと感じてしまうことがよくあります。
たとえば幸せそうな他人を見たときに、ついつい自分と比較してしまい、自分は不幸な見捨てられた人間なんだと思ってしまいます。他人は他人、自分は自分、人生は人それぞれなのですが、そのような考え方ができません。ときには羨ましさから、幸せな人の足を引っ張ったりします。
また、なにかの選考に自分が漏れたような場合にも、まるで自分の存在そのものが見捨てられたように感じることもあります。まだ他にチャンスがある時でも、見捨てられたんだという絶望感が支配してしまい、希望を持とうとしなくなってしまいます。
他人からちょっと批判されたりすると、すぐに見捨てられること結びついて絶望したり、あるいは逆に怒り出したり、復讐行動に出たりします。別に人格を否定されたわけでもないのですが、状況を冷静に判断できずに、過剰な反応をしてしまいます。
現実への対処能力が低いために、いろいろと失敗をしやすいのですが、その失敗がさらに見捨てられ感を強化します。まだ希望が残っているのに、どうせダメなんだと思い込んで人生のチャンスを自らつぶしてしまいます。
見捨てられる恐怖によって、親からの精神的な分離独立が阻害されたままですので、自分が何者なのかわかりません。また、何者かになることもできません。私は誰なのか、どうしてここにいるのか、と問い続けますが、答えが出ません。
境界例からの回復のためには、まず最初にこう言った日常生活の中に潜んでいる過剰な見捨てられ感をチェックすることが必要になります。
親に見捨てられたからと言っても、なにも自分で自分を見捨てることはないのです。そんな馬鹿げたことをやる必要はないのです。親から言われたからと言って、なにもわざわざ自分の不利になるようなことをする必要はまったくないのです。とは言っても、長年にわたって刷り込まれてきた間違った考え方を修正することは容易ではありません。精神科医でさえ苦労しているのに、そんなに簡単に解決できるはずがありません。しかし、少なくともこのメカニズムを知ることで、少しは人生が良い方向に向かうようになるでしょう。
この続きは「回復への道」で考えてみましょう。