This link has been bookmarked by 3 people . It was first bookmarked on 26 Sep 2007, by Mah Saito.
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24 Dec 15
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- 全共闘華やかなりし頃、「左翼思想」が当時の若者(←銘記せよ。「若者」という言葉を使う人間は、既に若者ではない)の心をとらえた主たる理由は、それが「反抗の象徴」だったからだ。
- さらに言うなら「左翼」は、単なる政治思想ではなかった。「長髪」「Gパン」「Tシャツ」に代表されるファッション傾向や、「ロックミュージック」「テント演劇」みたいな芸術、文化、風俗をも含めた、ひとかたまりの「祭り」みたいなもので、それらをあえて要約するなら「破壊せよ」という反抗の宣言であった。
- はやい話が、発生当初の左翼思想は、ちょっと口に出しただけで警察に引っ張られかねない危険思想であり、明るい場所ではうっかり口にできないヤバい合い言葉だったわけで、だからこそ若い連中にとって魅力的に見えた。長髪も同断。70年代以前の段階では、髪を肩まで伸ばしている男は、学校や職場をはじめとするあらゆる公的な場所で徹底的に忌避排除抑圧された。ロックミュージックの関係者もまた、保守派から露骨な迫害を受けたものだった。
- さてしかし、その「反抗的」であり「抑圧された者の叫び」であった左翼思想は、徐々に変質する。
- 長髪はおしゃれになった。清潔になり、リンスされ、トリートメントを施され、ママたちにも評判の悪くない飼い犬の髪型になった。
- ロックミュージックもまた、先生にほめてもらえる音楽になった。NHKに認知され、「青年の主張」のテーマソングになり、芸術として大手をふるって通用しはじめ、最終的には音楽の教科書に載る文科省推薦のよい子の音楽になった。
- ジーンズ愛好者は表彰されるようになった。
- テント演劇のオヤジは説教垂れになった。
- リベラル思想は、学校の教師が推奨する模範的な作文技術として、学習塾のひとつの到達目標になった。
- 市民主義もまた大学の先生にほめられる立派なモラルに成長した。
ってことは、左翼思想は「悪い子の思想」から「よい子の思想」に転向したわけだ。
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- 若いヤツは、今も昔も「ヤバ」くて」「悪そう」で、「大人が眉をひそめ」るファッションや思想を好む。
- で、70年代までは、一番ヤバくて、参入するのに度胸がいるキーワードは、「左翼」だった。
- つまり、当時の「左翼」ファッションが醸していたメッセージは、「おい、オレは優等生じゃねえぞ」「オレはママの言いなりになってるイイコちゃんじゃないぞ」てなことで、なんのことはない、インテリ暴走族です。
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左翼思想がもたらした(あるいは勝ち取った)運動の成果が、「人権を守ろう」「平和のために祈りましょう」「戦争って哀しいね」「いのちを大切に」「つちとみどりと太陽」みたいなスローガンとして結実した時、それを上から(教師やマスコミから)聞かされる立場にある子供たちの耳には、「ろうかを走ってはいけないよ」「せすじをのばしてよいしせい」「月曜日はツメ検査」「右左見てまた右見て渡る」みたいなうすらみっともない標語と区別がつかないわけで、結局、偽善にしか聞こえないということだ。
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上から押しつけられた《男らしさ》や《愛国心》を敢然と拒否して、あえて卑怯者の汚名を着て身につけた個人主義
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教室では、竹刀を持った教師が、蛮声をあげている。
「この中に、お国のために死ぬのがイヤだというヤツがいるんだそうだな?」
「愛国作文コンクールへの出品を拒否した生徒がいるそうだが、誰だ?」
「立て非国民。立って理由を説明してみろ」
ここで、ゆらりと立ち上がった左翼中学生が言う。
「あんたがうざいからだよ、軍曹」
うん、かっこいいぞ。
やっぱり左翼は弾圧と闘ってナンボ。
先生にほめられてるようじゃダメです(笑)
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26 Sep 07
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