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saved byfeneth tool on 2007-10-20



  •  ちと待ってくれ。凄く気になることがあるのだが、最初から有能である誰かというのは存在しえるのだろうか。社会の価値観はたとえ誰かを無能であるとの烙印を押したとしても、それはその時点でのことであって、働き暮らしていく間に自分のなかの素養や資質を発見して、それを磨く機会も与えるはずだ。最初から有能な人間はごく一握りで、それでも大多数の人は平凡なところからスタートしても役割を見つけていくことで派手ではなくても慎ましく幸せに暮らしていくだけの役割を果たすことができる。その役割のひとつひとつが積み重なって社会だとするなら、価値観を受け入れるかどうかと関係なく、自分を磨く時間がゆっくりと自分を押し上げ、社会として必要とされる人間になるのだろうと思う。

  • でもだよ。たとえ無関心だと言い募ったとしてもだ。少なくとも、自分の本能が死ぬことを拒否し、緩慢な死を意識的に受け入れていたとしても、何かを読み、見て感じ、貴兄がブログを作ってまで語ろうとしたいものがあるから、こうして互いに言葉を交わすこともできるわけだろう。それが社会というものではないのか。ときには誰かを無能と突き放す社会はまた、別の一面では暖かいものも見せるものではないのか。理解したい、理解されたいという欲求があるから言葉を発し、己の境遇を書き綴ることができるんじゃないのか。
    • on 2007-10-20 Fenethtool
      世間は優しくもあり、厳しくもあり。隊長は優しいな。