This link has been bookmarked by 11 people . It was first bookmarked on 09 Oct 2008, by myuhe myuhe.
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14 Oct 08
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11 Oct 08
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10 Oct 08
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さらに「ノーベル賞受賞」の背景や延長には「研究予算獲得」にまつわる生臭い話や、知材ビジネスに関する構造的大問題なども存在している。そこで2回ほど、普段は描かれざるサイエンス&テクノロジーの背景を書いてみたいと思います。
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とりわけ「ちっともうれしくない」「南部先生が受賞されたのは本当によかった」などと述べておられる背景は、知っている物理屋にはあまりによく分かりすぎる事情が存在しています。それにはノーベル財団の「大失策」が関係しているのです。
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この1年の間に1人の日本人科学者が命を落としました。戸塚洋二博士(1942-2008.7.10)です。戸塚さんこそ、ノーベル賞をもらわないわけにはゆかない人でした。
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彼のボス、小柴昌俊氏
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「ニュートリノ(中性微子)」と呼ばれる微小な素粒子に質量があるか、ないかによって、私たちの住むこの宇宙全体の構造モデルの理解まで変わってくる、本質的な大問題です。
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戸塚さんたちのグループは1998年、「ニュートリノに質量がある」ことを、世界で初めて示しました。
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こうしたプロジェクトの言いだしっぺは小柴さんですが、本当に粉骨砕身で努力されたのは戸塚さんたち小柴研のスタッフでした。ところが、そもそも計画をし、装置を作るまでの責任者だった小柴さんにはノーベル賞が出ましたが、本当に賞を授与すべき大業績、この装置を使って得られた「ニュートリノ振動の観測」を、ノーベル財団は永遠に顕彰する機会を失ってしまったのです。
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小柴研の、本当に素晴らしい業績は得られたけれど、志半ばで若くして亡くなっていったアシスタントたちを知る人は、彼らこそ本当に顕彰されるべきだと確信を持っていると思います。
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南部先生はすでに渡米60年近く、米国籍を得られて40年近く
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元来は日本の環境に問題があって頭脳流出した物理の南部先生であり、化学の下山教授だった事実がどこかに行ってしまうからです。
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世の中では「ノーベル賞を取った」というと、大変な騒ぎ方をする。でも、本当に大きな仕事をした人は、みんなむしろ自分の内側に向かって謙虚で、自然界の真理に最初に触れることができた、という内的に深い満足を持っているものです。亡くなった戸塚さんの最晩年は特にそうだったと思います。
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ご本人は、人間が作り、人間が毎年決めるノーベル賞ごときを超えて、自分は自然法則の根幹に触れたという、揺るぎのない確信を持って、若者向けに自然科学の喜びを淡々と教えるような、充実した最晩年を送られ、静かに息を引き取られた。
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今年のノーベル物理学賞が日本に来た最大の理由は、昨年までに戸塚洋二さんにノーベル物理学賞を授与しそこね、巨大な学術予算も投入して得られた「ニュートリノ振動の観測=ニュートリノ質量の存在確認」という大成果に、結局ノーベル賞が出せなかったことに対する、強烈な批判と様々なロビィ活動があって実現したものと考えるべきでしょう。
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戸塚さんのご逝去が引き金になって、日本の素粒子物理学への授賞という動きが出て、「対称性の破れ」という授与ストーリーから、50年近くタイミングを逸し続けてきた南部先生にノーベル賞が出た。そういう流れでほぼ間違いないと思います
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09 Oct 08
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